意見の合わない人から評価されることの重要性

意見の合わない人とどうやって接したらよいか、結構迷うことってあると思います。

ビジネス関係の書籍売り場を見ても、自分の意見を効果的に伝える方法だとか、いつの間にか相手が認めてしまう心理術など、コミュニケーションの技術に関してはずいぶんいろいろな書籍があります。

でも・・・

私は意見の合わない人と円滑にコミュニケーションするには、テクニックだけではダメだと思います。人当たりのよい喋り方や会話をいくら磨いても、笑顔で接して好かれようとしてもダメ。根本的な解決にはなりません。

逆説的になりますが、そもそも人はなぜ嫌われるのでしょうか?なぜ敵が生じるのでしょうか?そこから紐解いていきたいと思います。ただし、ここで述べるのは、あくまで私の職場という特殊環境に限った話なので、そのことをあらかじめご了解ください。

私の職場で嫌われている人の多くは、自分と合わない人の意見を受け入れる度量がないから嫌われているように思えるのです。

こう書くと誤解されるかもしれません。自分と合わない人の意見を受け入れることは、相手に迎合するという意味ではありません。自分との違いをはっきり認めた上で、相手の言い分も理解することです。理解はするけど自分は違う。そういう立場を貫くこと。

そもそも、世の中に100%正しい意見など存在しません。だから、それぞれの立場で最も正解に近いと思われる意見をする。だけど、立場が違えば当然意見も変わる。自分にとって100点満点の意見でも、相手にとっては20点かもしれない。逆も然り。

それを自分の立場しか考えずに、相手の意見が間違っていると切り捨てるのは人としての度量が狭すぎる。そして、うちの職場の人間関係で生じる多くの啀み合いは、このような相手の立場を考えないことから生じているように思えるのです。

人は自分を否定した人間を最も嫌う。だからこそ、相手の意見にも耳を傾けた上で、何が最善かを一緒にじっくり議論する必要がある。ただし、相手を打ち負かすようなディベートはやりすぎ。負けた方が「恥をかかされた」という思いが強くなるから。

せっかく議論しても結論は変わらないかもしれないが、結果としてそれは無駄ではない。そのようなプロセスを丁寧にやれる人は、たとえ意見が異なっても相手から嫌われることはないから。

むしろ、嫌われることを恐れて相手の意見に迎合するような八方美人は、好かれるかもしれないが信頼されない。評価もされない。

真の人間力は、意見の合わない人からも評価されるところにあるのだと思います。