マインドマップは使えるのか?

マインドマップというキーワードをよく見かけるようになった。

会議の議事録から、ブレーンストーミング、資格試験や大学受験の勉強にまで役立つ「ノート記録術」らしい(もっとも、単なる記録術ではないというのが公式の見解のようだが)。

確かに木構造で表現するという縛りがあるので、マップを作成する際にどんなコンテンツでも先ず頭の中で一旦カテゴリー化して階層構造にすることになるので、整理されるのは確か。全体を俯瞰しやすいし、カラフルでイラストも多用するから、記憶にも残りやすいという点も理解できる。

だけど、

「今まで制限され、あまり使うことのなかった脳本来の能力を解放するような書き方」

とまで言われると、ホンマかいなと疑ってしまう。

脳本来の能力を解放だなんて、科学的裏付けなしに気軽に言われると、どこぞの胡散臭い自己啓発セミナーと同じイメージを持ってしまう。多分、マインドマップに拒絶反応をする人が多い(ワタシ自身も今まで本気で取り組もうという気になれなかった)理由は、そこにあるんじゃないかな。

だけど、科学的根拠がなくても、本当に役立つものがあるのも確か。アイデア発想のKJ法だって経験的に培われてきた方法なわけだし。

ただ、マインドマップの場合、利用する目的がどうもはっきりしないので、どういう場面で威力を発揮するのか、ぼやけているんだよね。アイデア発想のためなのか、複雑な論理を整理するためなのか、備忘録のためなのか、暗記のためのツールなのか(おそらく、オフィシャルには「全部だ」というのだろうけど)。

ワタシも以前、試しにマインドマップを書いてみたことがある。感想としては

「時間がかかりすぎる!」

カラフルにするので、ペンを何度も持ち替えることになる。これが一番面倒くさい。それに、イラストを描くことになるし、枝だって「根元は太く」というルールがあるから、塗りつぶす労力もバカにならない。

「こんな手間ひまかけて意味あるの?」

と思ったので、やめてしまった。だけど、最近ある出入り業者の人から聞いた話では、IT系のエンジニアの中には、マインドマップを問題点の洗い出しのツールとして業務に使っている人がいるというし、慣れた人だったら、会議の議事録もすべてマインドマップで記録してしまうとか。

へぇ〜、やり方次第で結構つかえるんだなと再認識した。一般に、万能なツールはコアの部分がプリミティブ。だからある目的に特化して利用しようとするとコアのままではダメで、それなりに工夫やこつが必要になる。 たぶん、マインドマップもそうなんだろうね。

で、ワタシの場合、どういう用途で使えるか考えてみた。研究のアイデアを練ったり、論文の構成を考えるときノートに落書きするんだけど、この落書きが後で見なおすことがほとんどない。なぜなら、全然まとまりのない殴り書きが多いので、後で見ても理解できず書いたときの記憶を呼び戻すまで相当時間がかかるから。

なので、後日になっても結局また同じことを考え直して、また殴り書きをするという非生産的なことをやっている。殴り書きと言っても、文字だけでなく図も矢印も多用しているので、これまでのようにそれらを単にめちゃくちゃ書くのではなく、マインドマップのフォーマットを適用すると効果があるのかもしれない。色づけとかはともかく。

学生時代、恩師から

「まずテキストの目次を覚えろ」

と言われたことがある。そのテキストに書かれている内容全体を俯瞰し、キーワードを押さえておくことで、各章の各セクションで学習している内容が、全体から見たときどのような位置づけなのか把握しながら勉強しなさいという意味だと思う。

つまり、

「木を見て森を見ざる」

ではなく、

「木を見て森見る」

と言ったところか。この考え方はマインドマップと相性がいいだろう。書籍の目次をそのままマインドマップに書き直しても意味ないと思うけど、方々から集めた雑多な知識や情報を整理して、

平面的な広がりを持つ目次として纏め上げる = マインドマップ

という位置づけだと結構使えるように思える。うむ、いろいろ試してみる価値があるかもしれない。