名将の生家を訪問した【山本五十六生家】

以前,新潟に行った時,山本五十六の生家に行って来ました.山本五十六といえば,大日本帝国海軍きっての名将.いや,戦争の英雄という表現は今の時代に合いませんが,私は山本自身が残した数々の名言が好きで,この人物に興味を持っていました.

で,場所は長岡駅から徒歩で行ける距離です.駅前のアーケード街を歩いていきます.

すると看板も見かけます.すぐ見つかります.

もう一つ,近くに山本五十六記念館もあるのですが,そちらはもう閉館時刻が近かったので行きませんでした.いつか機会があればぜひ.

着きました.こちらがその公園ですが,こじんまりとしてます.

公園の中央には山本五十六の銅像がありました.なんと威風堂々な像なんでしょうね.この土地の人にとって敬愛された人物だということがよく分かります.

そして,こちらが生家.

玄関には解説がありました.復元したものとは思えないほど,古い建物でした.それに,山本五十六は山本家の養子だったんですね.

後で知ったんですが山本家はかの戦国武将,山本勘助の家系だというのも驚きでした.

だけど,私はここの玄関に足を踏み入れたとき,何か異様な雰囲気を感じました.奥に映画のポスターがあったのでなおさらかもしれませんが,一瞬中に入るのを躊躇ったのも確かです.

私は霊感など全くないですし,そもそも霊が存在することに肯定的ではない(積極的に否定もしない)ですが,この時は,ひょっとすると山本元帥がどこかで見ていたのかなと思いました.

「誰よりも戦争に反対した男がいた」というキャッチフレーズは,ただの軍人を超えた人物という印象を与えます.映画の売り文句としてはさすがですね.

ま,キャッチフレーズはともかく,山本五十六は乃木希典を尊敬していた影響なのか精神論を重んずる一方で,科学的数学的な分析が必要との見解も述べており,非常にバランスのとれた人物だったのかもしれません.そういう客観的分析力があったからこそ太平洋戦争に反対したのかなと思います.アメリカとの国力差を考えると,勝てるわけがないですからね.

中はこんな感じです.本当に復元なんでしょうか?随分古い家です.天井も低いです.腰を屈めて部屋の中を歩きました.

2Fは五十六の勉強部屋がありますが,一度に3人以上登らないようにとの注意書きが.

畳2畳のこの小部屋が勉強部屋.集中するにはこれくらいがいいのかもしれません.小さなテーブルもありました.

2Fの窓からはこのような景色.

「常在戦場」は長岡藩の藩是だったようで,五十六も好んで揮毫として残したようです.この言葉の解釈としては面白いページを発見しました.

常に戦場に身を置いてる心で事にあたれ

という意味で捉えるのが普通です.だけど,ここでいう戦場という解釈についてはもっと広い意味で捉えることが出来ると.つまり,

戦場でうまくいかなくても、他の場所で取り返すことは可能である!

だから「どこでも戦場なのである」という解釈です.なるほどと感心しました.人生哲学としては,こういう解釈の方が現代人に合ってるかもしれません.

戦地で殺し合うことだけでなく,同僚と意見をぶつけ合って議論することも戦場,外交の場で諸外国の大使と駆け引きするのも戦場.五十六はそのように考えていたのかもしれませんね.

まぁ,私は常に戦場というのはちょっと・・・・(苦笑)

たまには休みたいです.