査読に関する失敗談

ある国際会議論文の査読依頼が来た。こういう依頼は出来るだけ引き受けて、執筆者に対して有益なコメントをしてあげるよう努めるべきだろう。自分はいつも査読をして貰ってるわけだから恩返しも必要なんだけど、今回は(今回も)丁重にお断りした。これまで国際会議論文やジャーナル論文の査読依頼が何回か来たけど、すべて断った。

亡くなられた私の指導教員の先生がご存命の頃、先生の紹介(命令?)で1回だけジャーナル論文の査読をしたことがある。喜び勇んで、いっぱしの研究者になった気分でその論文の根幹を覆すような厳しい指摘をした挙げ句「条件付き採録」という査読結果を出した。

査読は落とすためにするのではない

今考えると赤面の至り、己を知らないとはこういうことを言うのだろう。なぜなら、あのコメントに基づいた論文の修正など不可能に近い。間違ったことは言ってないけど、そんな指摘をしたら世の中のほとんどの論文が不採録になってしまうと今は思う。当時は若気の至り。そういう厳しい指摘をして、少しでも欠点があればリジェクトすることこそ一流の研究者のすることだと思っていた。

フルペーパーを投稿したことがない当時だからこそやってしまった大失敗。査読者としてかなり酷い部類に入るだろう。おまけにその論文の共著者は、かの有名な産総研の先生。ブラインド査読だけど、編修者は誰が査読者なのか知ってるから、私はブラックリストに載ってしまったんじゃないかな。今でもそこのジャーナルに論文を投稿するのが怖い。

当時の指導教員の先生も査読をやれと言っただけで、その後、わたしのコメントがどういう扱いになったのか何も話してくれなかったので、後日談はわからない。だけど1つだけ明らかなのは「条件付き採録」という判定をしたけど、その論文の修正版が私のところに送られて来ることはなかったということだ。

推測になるけど、先生の顔に泥を塗ってしまったような気がする。査読結果を送る前に読んでもらうべきだったが、当時先生は大変ご多忙の身で「あとは任せる」という感じだったので相談できなかった。

査読者の資格

査読は落とすためにするのではない。もちろん、簡単に修正できない深刻な欠陥があったり、修正までかなりの時間を要する場合はリジェクトもやむを得ないが、基本的には、出来るだけ良い面を引き出すような助言をすることが査読だと思っている。

最近は誰かの紹介ではなく学会から直接依頼が来るようになったけど、自分が学位を取得しないうちは他人の論文を査読する資格がないと思っている。自分の専門に近い論文で、私でも適切なコメントが出来そうな特殊な場合を除き、査読の安請け合いはしないよう心がけている。