究極の個性とは何か?

感性工学会に参加して来た。場所は新宿西口にある工学院大。高層ビルの大学でびっくり。新宿のような大きな駅と直結してるなんて,田舎者のワタシにはカルチャーショックだった。羨ましい限りだ。

学会の方だけど,今回始めての参加。 ポスターセッションなので,お気楽に発表した。結構興味を持ってくれたようで,お客さんがひっきりなしに来て,ほぼ喋り続けた。特に厳しい感じの突っ込みはなかったけど,何か役立ちそうなサジェッションも特になかったので,ただ発表して終わったという感じ。う〜ん,正直物足りない。国内の学会で発表すると(どこでもそうだが),必ずこうなってしまう。やっぱり,国際会議の方が緊張するけど,やりがいはあるな。

さて発表は終わったけど,このまま遊びに出かけるのは気が引けるので、特別講演や他の人の発表を聞いた。これが実に面白かった。特に特別講演でトヨタの方が「存在感を忘れさせる車」について語っていたが,非常に印象的だった。ただ,同じトヨタとはいっても,メインストリームにいる人たちとは全然違う考え方をしている部署なので,と最初に断っていたが。

存在感を忘れさせるとは?

存在感を忘れさせるとは,「無難なデザインで個性がない」という意味ではなく,車という存在そのものを,まるで空気を吸うがごとくドライバーが意識しなくなるというコンセプトのようである(と,一字一句こういう表現をしたわけではないが,そういう風に捉えた)。ある意味,究極の個性と言えるかもしれない。

欧米人が考えるフェラーリやジャグアーの個性,すなわち,精悍なマスクと美しいフォルムに個性を求める考え方とは全く異なる。

「あまり押すと客は引いていく。でもこちらが引いて行くと,客の方は何だろうと近づいてくれる。」

「欧米の価値観と対決して世界を席巻しようとまで思っていない。でも,多様な価値観の中の一つとして存在するほど控えめでもない。ちょうどその中間かな。」

これらの言葉が非常に印象的だった。

この話を聞いてふと思い出したのは日米のCMの違い。大杉正明のポッドキャスト “Cross Cultural Seminar”の受け売りなんだが,アメリカのCMは何をセールスポイントにしているのか非常に明確で,短い時間に出来るだけ多くのことをアピールしよ うと早口でまくしたて,視聴者に対して押して押して押しまくる。

一方,日本では,何を売りたいのかよくわからない implicit なCMが多く,商品イメージや雰囲気をさりげなく映像や音で間接的に伝える感じ。ロジックではなく感性に訴えるところが非常に日本的。

結局モノを売るための戦略といえばそれまでなんだが,コストや性能のみに着目した製品が売れた時代はとっくに終わっていて,作り手のコンセプトを如何にして製品に宿らせるのかが重要。それも,ガンガン攻めて行く欧米型のコンセプトではなく,控えめな雰囲気を醸し出すコンセプトは日本人特有のもの。今後,そのような日本人的な感性を生かした「ものづくり」が非常に重要になってくるだろう。今回の講演を聞いてそう思った。

高級ホテルのような病院も意外な効果があるかも?

そういえば,自分の専門に近い医工の分野でも,感性工学的なものがいろいろ思い浮かぶ。たとえば,見た目が高級ホテルと全く区別がつかない病院とかね。どういうコンセプトなのか知らないけど,ただのイメージ戦略ではなく,そのような雰囲気は患者さんの回復を早める効果があるかもしれない。

逆に,薄暗くて古ぼけた病院は,中に入っただけで気が滅入ってしまうから,回復が遅くなるかもしれない。その違いを統計的に示すことができれば,かなり面白い研究になると思うんだが。まぁ,そんな調査は断られるだろうから,どのみちワタシには出来ないが(笑)。