私的「老子道徳経」:道(Tao)のコンピュータサイエンス的考察

韜光第七
天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生。故能長生。是以聖人、後其身而身先、外其身而身存。非以其無私邪。故能成其私。

天地は長久であるが,長久であるゆえんは、自己のために生きようとしないからで,それで長生きするのだ。それゆえ聖人も自分のことを度外視して,かえって身の安全を保つのだ。これはまさに無私無欲のためでなかろうか。そして結局は自分の目的を果たすことになるのだ

※現代訳の出展はこちら


私は,今までの人生において,

「あ、何かこれがターニングポイントの瞬間かな?」

と思ったことが何度かあります。もちろん、その都度正しい行動をしてきたわけではありませんが、後で振り返ると(結果が良かったにせよ悪かったにせよ)やはりそのとき感じた直感が正しかったように思います。

やりたくない仕事が降ってきた時も、

「今はこれをやって視野を広げろという意味なのかな?」

と、誰かから諭されたわけじゃないけど、天の何者かが広い視野からそのように仕向けたと解釈することがあります。NLPで言うところのリフレーミングですね.

もっと普通にある例としては,車を運転していて頻繁に赤信号に当たったとき,

「運転に気をつけろという意味かな?」

と考え、イライラする気持ちを抑えることがあります.自分の経験では無理に抵抗するより,解釈を変えてそのまま受け入れた方がうまくいくことが多いような気がします。

このような日常的によく経験する「自分にとって好ましくないイベント」は、ほとんどの場合,他者との関わりの中から生まれています.

群れを成す動物や虫は,群れ全体が生き残っていくために,女王蟻がいて,働きアリがいて,兵隊蟻がいて・・・という役割分担があります.この役割分担は誰かが意図的に設計したものではなく,進化の過程において他者との関わりの中から自然に現れ,それが長い年月かけてDNAとして刻まれた結果です.自分にとって好ましいことも,好ましくないことも,それが自然の摂理として組み込まれているわけです.

コンピュータサイエンスに「人工生命」という研究分野があるのですが,その有名な研究の1つとして蟻のシミュレーションがあります.各々の蟻はロボットのように単純な行動をするだけなのですが,その蟻をたくさん集めると驚くほど複雑で組織だった行動が自然に発生します.コンピュータ内の疑似的な蟻ですらそうなのです.ましてや自然界の動物や人間が集まると,もっと複雑で高度な社会が自然発生すると考えても何ら不思議ではありません.

老子が言う「道」は抽象的でなかなか理解するのが難しいですが,こういう「自然の摂理」に近い概念なのかもしれません.だからこそ,無理してその摂理に逆らおうとすると歪みが生じバランスが崩れ,自分にも他人にも悪い影響を及ぼすのでしょう.

やる気の出ない仕事を振られても,無理に抵抗するのではなく自分の中で解釈を変えてそのまま受け入れた方がうまくいくというのも納得できます.そうすることで社会全体の秩序が保たれるからであり,だからこそ皆が嫌がる仕事を引き受けたと周りから評価してもらえることに繋がるのです.ことさら自己アピールする必要がなくなる所以だと思います.この考えは,まさに老子の言葉そのものです.


天地は長久であるが,長久であるゆえんは、自己のために生きようとしないからで,それで長生きするのだ。それゆえ聖人も自分のことを度外視して,かえって身の安全を保つのだ。これはまさに無私無欲のためでなかろうか。そして結局は自分の目的を果たすことになるのだ