【松本清張・断碑】コンプレックスの陰に潜む危うさ

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久しぶりに松本清張の小説を読んだ.短編集『或る「小倉日記」伝』の中にあった1つ

『断碑』

ある在野の考古学者が,日本の考古学会の権威と闘い続け,最後は結核に倒れ孤独に亡くなるという話.短編小説だが,内容的にはなかなか重い(笑).

ネット上でこの小説に対する感想をみると,興味深いことがわかる.

  • 権威に対し果敢と立ち向かう姿がいい
  • 学歴・人脈がなく,文学界で疎外され続けた清張の魂が乗り移っている
  • 不条理なものに対する怨念

などなど.人それぞれの人生観で受け止め方が違うから面白いが,総じて「権威に対する闘い」に注目している人が多い.だけど,これが本当に清張が言いたかったことだろうか

「権威」は極めて常識的な人たち

私が思ったのは,

主人公は,考古学の権威となるのに十分な実力を有するだけでなく,多くの出会いや機会に恵まれたにも関わらず,学歴コンプレックスによる他者への攻撃と非社交性が仇となって,結局みんなに疎まれ自滅してしまった.そんな哀れな男の一生

こんな姿を描きたかったのではないかと思う.

この物語に出てくる所謂「権威」として登場する人物たちは皆常識人であり,主人公を学歴などで差別することなく,最初は受け入れているし評価もしている.

もし権威に対する挑戦をネタにするんだったら,もっと読者の感情を煽るように悪役っぽく描くと思うが,むしろ主人公の非常識な行動や非社交性の方がはるかに際立つ

コンプレックスから他者を攻撃し,自分を大きく見せたいという人はそんなに珍しくない.私の周りにもいるし,私自身も一時期そうだった.

だからこそ,この主人公の「心の闇」にハッとしたし,その「危うさ」にもピンとくるものがあった.

コンプレックスに起因する攻撃性

学歴に限らず,何らかのコンプレックスがあって他人を嫉妬する人は激しい攻撃性を有する.そういう行動をしていると当然周りから疎まれ,相手にしてもらえなくなるのは当然で,

「自滅へ向かってしまう普遍的なシナリオ」

のよくある形である.清張がこの作品で言いたかったのは,このようなコンプレックスを抱いて,他者を攻撃する人たちへの警鐘ではないかと.

とは言え,ここでミソなのは主人公の愚かさだけを前面に出すと,ただのバカで無能な男で話が終わってしまうところだ.主人公の功績は偉大であり,彼の弟子たちは後に大学教授になっているという設定が作品としての面白さになっている.

攻撃と言っても,学術的な論争を繰り広げること自体は問題ではない.異論を唱える学者がいるのは当たり前だし,そういう人たちと論争するのも間違ってはいない.

しかし,時の権威を凌駕するほどの実力と見識を持ちながらも,攻撃する動機が「逆恨み」であることが主人公が自滅した一番の理由だ.だから,当時の学会では暗黙の了解とされているルールすら守らない,破天荒なケンカを仕掛けた.

だけど,彼の挑んだ闘いが一見もっともらしく見えるので,読者の立場によっては権威に立ち向かう在野のヒーローに見えたりもするらしい.

多様な解釈を与えるストーリーの組み立てや人物描写が,清張の作品の魅力につながるのだろう.

だけど

こんな奴がもし学会にいて自分がその標的にされたら,反論するどころか関わりたくないと思いますね

編集後記
コンプレックスを持っていない人などほとんどいないと思います.だけど,コンプレックスは自分が気にするほど周りは気にしていないとも言います.
 
私の若い頃のコンプレックスは「学位」でした.当時は周りが博士しかいない中,私だけが修士でしたからねぇ.だから負けたくないという思いから,同僚の研究を真っ向から批判したり,問題点をわざとえぐり出したり,結構酷かったです.大学時代の恩師から頼まれたジャーナル論文の査読も,根本から覆すような指摘をしたり,今考えればかなりの暴れん坊でした.
 
いわば私の黒歴史ですが(苦笑),この物語の主人公のように追い出されなかったので,私は同僚に恵まれたのかもしれません.

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