小学校時代の人間関係はクソだ! 大人の知らない闇の世界

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小中学校時代の友人関係など,長い人生においてさして重要ではないというあるライターの記事を読んで,とても納得した.いじめなどに苦しむ小中学生にとって,そんなことに思い悩む必要などないというエールであった.

この記事を読んで,ふと自分の小中学校時代を振り返ってみたが,今にして思えば,子供だけしか知らない闇の世界があったなと回想する.そして,その闇の世界に巻き込まれた弱い自分もいた.ここでは,小学時代にいつも私を苦しめた「ある悪童」について書きたいと思う.

もう30年以上も前のことだし小学生の頃の話なので,今更そんなことを蒸し返さなくてもと思うかもしれない.だけど,それは加害者側の言い分であって,被害者はその時負った傷はいつまでも忘れないものだ.従軍慰安婦の問題がいつまでも解決しないのは,韓国人の気質もあるかもしれないが,それ以前に被害者としての心理によるところが大きい.韓国の歴史認識がどれほど正しいのかという問題はあるにせよ,我々日本人はそのことを先ず忘れてはいけない.

話が逸れてしまったが,私が被害を被ったいわゆる「ガキ大将」だった男と,その当時担任だった教師に対しては,私は今でもあまりよい感情を抱いていない.30年以上経っていい大人になってもそんなものだ.いじめをもし軽く考えてる人がいたら,そのことをよく覚えておいたほうがいい.

匿名ブログだから書ける恥ずかしい過去だが・・・

小学生時代,私は勉強も運動も冴えない子供だった.そして,極度なまでの「精神的な弱さ」があった.

失敗することへの恐れ,周囲から笑われることへの恐れ,そして何より大人から怒られることへの恐れがあった.いつも大人(特に親)の顔色を見て行動する癖があったように思う.親戚の叔父叔母から「もやし」などと形容されたくらいだから,よほど弱く見えたのだろう.

そんな精神的な弱さは,普段の生活においても雰囲気として醸し出されるものだ.小学5年の時,同じクラスで体格のよい男子がいつも私に付きまとってきた.最初は普通の友達関係だったが,そのうち肩を組んできて舎弟のように様々な悪事を命令してくるようになった.気弱な私でも,さすがにそのときだけは断固拒否した.その代償として殴られた.次第にそれがエスカレートしてきて,奴1人ではなく舎弟たちも集まって来て集団で殴ったり蹴ったりするようになった.雪の中に生き埋めにされたこともある.

ある同級生の家にそのガキ大将と舎弟数名で遊びに行った時のことだ.私の知らない間にガキ大将がサイドボードから1万円を盗んだらしく,後でそれが発覚して騒ぎになった.それを聞きつけたガキ大将が真っ青になって私に返してこいと命令し「自分がやった」と言えと.しぶしぶ私は奴から受け取った1万円を持って友達の家に行ったが,自分が盗んでもいないのにそんなこと言いたくない.何かいい言い方がないものかと考えたけど思い浮かばず,そのまま同級生の家に着いてしまった.

だけど,その家の友達も奴のガキ大将ぶりはよく知っていたので,その状況をすでに親に話していた.私が何も言わなくても母親は事情を理解してくれて大事にならずに済んだ.最初は警察に届け出ると言ってたが,さすがにそれはやめてほしいと私が言ったので矛を納めてくれた.帰り際,母親から謝礼と言って2千円を渡されたけど断った.我ながら小学生とは思えないようなニゴシエーターぶりだが(笑),これはレッキとした事実です.

他にも,奴は教室にある担任の机からしばしばモノを盗んでいた.この時の担任もバカだった.「みんなを信じている」が口癖で,机に貴重品を置きっぱなしにしてよく退出していた.ある時はクラスの成績順に名前が並んでいるリストを机の上に置きっぱなしにしていたこともあった.みんなで「誰が一番頭がいいんだよ」と群がって見た記憶がある.そんなものを置いておく方がどうかしてる.口先だけで子供を信じるとか言う前に,無用な出来心を生まない環境にする方が大事なんじゃないか?

担任はともかく,奴に関してはまだまだたくさんある.ひょっとするとスーパーで万引きもやっていたかもしれないが,さすがにそれは知らない.少なくとも,犯罪に加担することは殴られても蹴られても断固拒否したので,いつの頃からか犯罪に絡むようなことを私に命令しなくなった.そこの一線だけは超えることはなかった.

奴が狡猾だったのは,普段は明るく礼儀正しい子供でいたことだ.それでも同級生たちは奴の裏の顔を知っていたが,大人は誰一人として気づかなかった.担任や周りの大人たちはどこまでバカなんだと思った.

なぜ空手を習っていたはずなのにやられっぱなしだったのか?と思うかもしれない

幼少の頃からメンタルが弱い私を心配して,両親は小3のとき私に空手を習わせた.ガキ大将と知り合ったのは5年の時だが,その時には紫帯で4級になっていた.それなりの実力である.

親に助けを求めることはできない.子供同士の喧嘩に親が介入するのはみっともないこと.さすがの私でもその辺はわきまえていた.だけど,今にして思えばあれはただの喧嘩ではない.

何人もの舎弟をかかえたガキ大将が,自分の言うことを聞かない舎弟を見せしめとばかり皆で袋叩きにしたわけだから,明らかにリンチである.一歩間違えば大怪我どころか死んでいたかもしれない.もちろん,私も他の舎弟を殴ることを命令されたこともあった.だけど私は蹴るフリ殴るフリで誤魔化していた.そんなことをしてまでも,ガキ大将と決別することが出来ない.それほど弱い精神だったのである.

なぜ空手を習っていたはずなのにやられっぱなしだったのか?と思うかもしれない.

私が通っていたのは日本空手協会(松濤館流)の道場だったが,稽古は前屈立ち,後屈立ち,騎馬立ちを中心とした移動基本と型が中心であった.このような基礎をいくら練習しても,実際のケンカで本当に強くなれるのか?と懐疑的だった.だからもしケンカになっても,勝てる自信がなかったのである.

だけどそれは当然である.移動基本も型も相手を想定した練習をするから実戦で役立つ.見てくれだけ先生の真似をしても,ただの踊りにしかならない.そして,ほとんどの指導者はケンカの場面を想定した稽古をしない(教育上よろしくないから).それをここで批判するつもりはない.少年空手の稽古としてはやむを得ないところだ.

暴力的な強さが身についたかといえば疑問符がつくが,精神的な強さをもたらしてくれた(というより,最弱だったメンタルを標準レベルに引き上げてくれた)のは,紛れもなく空手のおかげであり,私の人生において大きな恩恵をもたらしてくれたのは確かである.

突然,地獄から解放された

私とこのガキ大将との関係に終止符が打たれたのは突然だった.学校の理科室や家庭科室などで放課後人知れず暴力を受けていたのは日常茶飯事だったが,ある日,その現場を教頭に見られたのである.

奴は教頭先生に連れて行かれ,かなり叱られたようだった.帰り際,大泣きしながら私と一緒にいた数名に謝っていたが,奴の性格をよく知っている私はそれでも信じられなかった.先生方がいなくなれば,また元に戻るに違いないと.

翌日の職員室は大騒ぎだった.私を含め他にも暴力を受けていたいわゆる「舎弟」たちが呼ばれて個室で事情聴取.ガキ大将は別室で延々と事情聴取.すべて露見しました.担任は影でこのような事態が起きていることに全く気づかず,私とそのガキ大将は仲がよかったなどとトンチンカンな思い違いをしていたバカっぷり.教頭にかなり叱られたらしく,それは子供から見ても明らかだった.

だけど,結果的に先生方はガキ大将の親にこのことを報告しなかったようです.

本当の理由はわかりませんが,私が想像するに,このガキ大将の父親は子供のしつけにとても厳しいことで有名で,いつも暴力を振るっていたらしいのです.そのことを考えると,このような顛末を親に報告すると深刻な問題に発展するかもしれないと判断したのかもしれません.

最善の防御策とは?

このガキ大将ですが,中学1年の時に市外に引っ越して行きました.親の転勤らしいです.それ以来,一度も会ってません.

一方,私は中学校に入ってから学習塾に通うようになり,成績はグンとうなぎ上り.小学校時代の私を知ってる友人たちからは「信じられない」と驚かれるくらいの飛躍でした.それと同時に,私に対する周りの見方が手のひらを返したかのように変わっていきました.ホント,ここまで変わるものか?と驚くほどです.この出来事から私は身を以て知りました.

人は自分が敵わないと思った相手には決して攻撃しない.気を使って媚び諛う奴ですら出てくる.

それから私は成績を伸ばすことに専念しました.「いじめられないようにするため」の最善の防御策でした.さらに,自分自身の弱さを覆い隠すために,成績の良さを武器にあえてプライド高く生きることにしました.このプライドの高さが一部の先生方からはあまり好意的に見られてなかったのも事実です.

プライドの高さと言っても,友達の成績を侮辱したりとかそんなことはしなかったです.少し難しい問題が出題されても,そんなの簡単だという素振りで解いたり,中学校で習わない数学の公式や英単語をわざと使ったりしたくらいです(←確かに先生には嫌われるけど…笑)

だけど多少嫌われても,周りからバカにされたり,いじめられるより遥かにマシと思うようになった.これが正しい生き方だったのか分かりませんが,その後の学校生活は幸いなことに平穏そのものでした.

自分の子供に対して

子供の性格は後天的な教育によって形成されると思ってましたが,自分の子供の様子を見て初めてわかりました.子供の性格は先天的にかなりの部分が決まっているということです.

私はそのことが分かって大きな不安を感じました.もし私に似たらとてもメンタルが弱い子供の可能性があるということです.小中学校でいじめられないだろうかと不安になりました.

今と昔ではいじめの質も異なります.私はガキ大将とその舎弟という関係の中で暴力を振るわれたけど,クラスの中で孤立してたわけではなかった.むしろ今は後者の方が多いように思えます.だけど,どんなケースでもいじめ対策で普遍的なのはやはり「絶対的な自信」を持つことだと確信してます.

何も空手や柔道のような暴力的な自信でなくとも,「勉強」で絶対的な自信がつけば怖いものはありません.うちは妻の教育ママぶりが徹底してるので,2人の子供はトップクラスの成績.同級生からは天才と言われてるらしいけど(←天才の意味が分かってない),そのおかげで,勉強だけでなくあらゆることに自信満々で取り組み,自分の小学生時代とは全く正反対です.

だけど,非科学的な考え方だけど「父親の因縁」というのも完全には無視出来ません.私がそういう過去を持っていて,子供の性格も私と似ている部分があるということは,その因縁で子供達にもいつか闇が襲ってくるかもしれません.そこだけは注意深く見守っていきたいと思ってます.

子供の性格が先天的なものであれば,奴にもし子供がいたら影で何をしているか知れたものではない.もし,あなたの周りで礼儀正しい小学生暴力的な父親の組み合わせを見かけたら,裏の顔を注意すべきですね.

ところで,そのガキ大将は今頃どこで何をしているのか?

私の親父とそのガキ大将の母親が小学校時代の同級生で,クラス会で顔を会わせる事があったのです.もちろん,2人とも私とそのガキ大将との間の本当の関係は知りません.学校で露見して大騒ぎになった事実も知りません.仲の良い同級生同士の親という感覚でいると思います.やれやれ・・・(苦笑)

親父から10年くらい前に聞いた話では,それなりの大学に進学して,それなりの堅い職に就いたらしい.ガキ大将と言っても,奴はただ暴れるだけのバカではなかった.大人たちの前ではいい子で通して,誰からも疑われなかったわけだから,非常に狡賢いと言えるだろう.

市外に引っ越した後何をしてたのか知りませんが,堅い職に就いたということはそれなりに頑張っていたんじゃないかな.

もし,何かの機会で顔を合わせることになったら?

恨みつらみをぶつけるつもりは今更ありませんが,しこりがないと言えば嘘になります.あの狡猾な男が今はどんな風に生きているのか,

  • 変わったのか
  • 変わらないのか
  • もっと酷くなったのか

そちらの方に興味がありますね.辻仁成「海峡の光」の主人公もこんな気持ちなのかも.

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